キャリアプラン 英語

英語で仕事をするということ

英語を使うことにかなり大きな障壁を感じている人が多いと思います。私も実際その一人でした。私自身、海外志向だった割に、自分の英語があまりに使い物にならないことを、渡米直後、身をもって感じました。そういう話をすると”またまた、謙遜して”と言われるのですが、駐在で渡米が決まった直後に人事から私の上司宛に、TOEICの点数があまりにひどいが、こんな社員を行かせて大丈夫なのか?と問い合わせがきた程です。上司が機転を利かせて、今英会話学校に通っているから、大丈夫。と答えてくれて、後でこっそり、人事に聞かれたら、口裏を合わせておけと、言われたのはあまり人には言えない話です。

私の渡米直後の経験について少し書いてみたいと思いますが、海外出張は渡米前にそこそこしていて、それなりに仕事ができていた気になっていましたが、アメリカで仕事をするにはお粗末極まりない状況でした。話は通じない、相手の言っていることの2割くらいしかわからない(それもニュアンスだけ)。言ってみれば英語しゃべっている風に仕事はできる人レベルだったと思います。

それでも、プロジェクト・リーダーとして、リエゾンとして、米国の顧客との仲介とマネージメントの仕事は渡米後すぐに始まりました。今考えると恐ろしい限りです。2割しか言っている意味がわからないやつが、マネージメントしてるのですから。当然、ほどなく、プロジェクトは炎上し始めました。

プロジェクトの垂直立ち上げのために、私は現地の部下を数名連れて、顧客のオフィスにしばらくの間、常駐していたのですが、毎朝、長いテーブルで私を取り囲んで、関連部門のディレクターやマネージャーが矢継ぎ早に、状況報告、発生した問題の進捗状況の確認などを行うのですが、それがさっぱり何がどうなっているのか分かりません。意味がじゃなくて、話す英語がです。途方に暮れましたね、さすがに。その一方で、顧客は日本側の対応が滞っていることに怒り心頭になってきています。そりゃ、そうです。私が適切に日本側に状況報告と対応を依頼していないのですから。

皆さんの中にもこういう経験をされた方はいらっしゃるのではないかと思います。こう言う経験が、どんどん英語で仕事をすることから気持ちを遠ざけてしまうことにもなっているのではないかと思います。私の場合は、強気なことを言って渡米した手前、弱音は吐けない状態でしたから、地べたを這いずって、しがみついてなんとか乗り越えることができましたが、それでもあることに気が付いて、気持ちがだいぶ楽になりました。

1)うまく立ち回ろうとしない

あこがれの米国駐在、かっこいいイメージ先行で、英語でなんとかスマートに仕事をしようと思っていましたが、これを真っ先にあきらめました。ある朝、意を決して顧客に正直に、英語スキルが未熟で言っていることの意味が分からないこと、毎朝の全員会議はいろんな人が速いペースで発言するので、私がついていけないこと、各担当者を個別に訪問して1on1で話をさせてほしいと依頼しました。リアクションは今更それを言うか?という感じでしたが、背に腹は代えられませんから、リセットボタンを勢いで押すことも重要です。本当は状況がひどくなる前にやるべきでしたけど。

2)伝えること、理解することに専念する

相互の理解なしには仕事は成り立ちません。とにかく相手を理解する、そしてこちらの言いたいことを正確に伝える努力をしました。会話がダメなら、絵を描く、図を書く、身振り手振りを使う。さらに会話が終わった後に、メールでダブル・チェックです。さっきの会話のまとめだよ、何か忘れていたら、追加してってお願いをします。のちに気が付くのですが、アメリアでは責任分担でもめることが多々あります。言った言わない、やったやらない。その点でも記録に残しておくのはとても重要だと思います。

3)やらなければいけないことの本質からぶれない

英語はダメダメだったかもしれませんが、プロジェクトを取りまとめる業務の観点で見た場合、私の経験、スキルを会社は買ってくれて、駐在に出してくれたわけです。正直、現地に赴いてあまりのダメさ具合に、この重要な本質を私自身も忘れてしまうほど自信を失いかけもしました。でも冷静に考えると、同じ状況で同じ仕事を日本で与えられれば、そつなくこなせるのです。日本語ならちゃんとできるのです。それを実行することに忠実でいればいいのです。ただ、違いはそれを英語でやること。その部分にはそれなりの努力を要すると思いますし、苦労も伴うと思います。でも、本質からぶれなければ、英語が下手でも、私がまともなことを言っていることは相手に伝わりますし、英語がダメなやつだけど、ちゃんと分かっている奴だと思ってもらえれば十分なのです。

ここまで悟って、わかったことは、

英語がネイティブでも中身のないやつより、たどたどしい英語を話す、スキルと経験がある俺のほうが価値がある!

ということ。

今の盲目的な日本人の英語偏重には少し危惧しています。上から目線に感じたら申し訳ないのですが、中身のない英語を話すことは無駄なことだと思うのです。もちろん、英語を話せるようになることは素晴らしいことだと思いますし、コミュニケーションが取れる相手が増えれば視野も広がって、いろいろな機会に出会えるチャンスも広がります。

でも、”英語を話せるからすごい”という短絡的な見方には陥らないでほしいと思うのです。英語を話すことは手段、ツールであって、英語を使ってやりたいことの目的を持つべきだと思うのです。ツール偏重になるとバランスが悪くなります。車のレースを考えてみましょう。レースに勝つために、フェラーリを手に入れたとしましょう。ツールとしては強い武器です。英語スキルで言えば、ネイティブ・イングリッシュ・スピーカーです。でも運転技術がともなっていなければ、いきなりスタート直後の最初のコーナーで勢い余ってコースアウトで終了になりかねません。一方、そこそこの車(ブロークン・イングリッシュ)でも運転技術を磨けば、完走はもちろん、それなりの上位入賞も狙えます。さらに、そういう運転技術がある人がもしフェラーリを手に入れたとすれば、これはもう無敵です。

フェラーリを得るためだけに、寝食を犠牲にして貯金や時間を使うよりも、そこそこの車をサクッと手に入れてサーキットを走り回ってスキルを上げながら、得られるレースの賞金を少しづつ蓄積してフェラーリに近づくほうが私は価値があると思うし、その先のリターンも大きいと思うのです。そして、きっとそうしているうちにフェラーリじゃなくても勝てるようになったから、もうフェラーリいらないかも、と思う人も出てくると思います。それならそれで、本当に十分なのです。

さらに今のグローバル世代のビジネス・ピープルにとっては世界規模でみると英語を話す人なんてごまんといるのです。英語を話すだけでは、差別化につながらなくなる時代もすぐそこまで来ています。実際、シリコンバレーにいるといろいろな国から来た人が英語を話します。発音もバラエティに富んでいますし、文法も私が知っている文法とは違う英語を使う人もたくさんいます。でも活発な議論が繰り広げられて、意見を交換したり、一緒に何かを作り上げたりできるのです。こういう生きた英語をぜひ考えていただいきたいと思っています。

もしあなたが英語を学ぼうと思っていたり、コンプレックスを感じているならば、まず何をするために英語が必要だと思うのかを考えてみてください。英語ができないと、そこへはいけないと思っているならば、それは勘違いかもしれません。英語を話すことはあくまでツールであって、本質的に必要なスキルや経験は別のところにあって、あなたがそこに飛び込むのにすでにReadyな状態であるかもしれませんよ。

 

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